【サザエさん/旅行】オープニング旅行記ー夏⑥善光寺

サザエさんはOPが季節ごとに変わり、色々な場所を見ることが出来ますが、知らない場所も沢山ありどんな場所なのか気になることや行ってみたくなることがありますよね。

あざらしもサザエさんが好き+旅行好きな1人でして、サザエさんのOPの場所にいつか行ってみたい!と思っています。

そのため、サザエさんOPに出てくる場所をイラストに描き、どんな場所なのか・アクセス方法を調べています!

第6回目の今回は、善光寺となります。

この記事では

  • 善光寺とは
  • アクセス方法

上記の2点をまとめていこうと思います。

あざらし
あざらし

第6回は善光寺です!

以前書いた記事で、牛を引かれて善光寺参りの観音様と考えられている『布引観音 釈尊寺』について調べてみたことがあったのでついにラスボスという感じがします。

善光寺についてしっかり調べたことはないので、これを機にじっくり調べてみようと思います!

牛を引かれて善光寺参りの観音様と考えられている『布引観音 釈尊寺』についての以前の記事はこちら!

【サザエさん/旅行】オープニング旅行記ー春⑪布引観音 釈尊寺

善光寺とは

善光寺についてざっくり箇条書きとすると、こんな感じです!

  • 御本尊:一光三尊阿弥陀如来様
  • 創建以来約1,400年
  • 阿弥陀如来様との結縁の場として、民衆の心の拠り所として深く広い信仰を得ている
あざらし
あざらし

今から1,400年前となると、その頃の日本は聖徳太子のいた飛鳥時代となります!

そんな古くからあるお寺だなんて、本当に歴史が深いんだなあとびっくりしました。

これだけ歴史のあると、善光寺のルーツを知りたくなってきますね。

善光寺の御本尊がインドで登場した後、どのように日本へやってきたかつづられた霊験譚『善光寺縁起』というものに書いてある内容を少しまとめつつ箇条書きにしていきたいと思います。

大きく分けて、印度編⇒百済編⇒日本国編で進んでいきます!

〇登場人物

〇お釈迦様

ー印度ー

〇月蓋

・印度・毘舎離国の長者

・この人の家は富み栄えていたが、貪欲飽くなき生活をしていた

〇如是

・月蓋の娘

・両親に大変愛され、育てられている

ー百済ー

〇聖明王

・百済国の王

・月蓋長者の生まれ変わり

ー日本国ー

〇蘇我稲目

・日本国の大臣

・息子も少し登場

〇物部尾輿

・欽明朝の大連

・息子の少し登場

〇中臣鎌子

〇聖徳太子

〇本田善光

・信濃の国人で、月蓋長者、聖明王の生まれ変わり

ストーリー

ー印度編ー

  • 月蓋長者は貪欲飽くなき生活をしていた
  • お釈迦様が長者を教え導こうと門をたたくが、月蓋長者は『今日供養すれば毎日のように来るだろう。むしろ供養せぬほうがよかろう』と迎え入れず
  • 月蓋長者が愛育している娘の如是が国中に流行した悪疫にかかり、あれこれ手を尽くすも何の効き目もない
  • 困り果てた月蓋長者はお釈迦様に教えを乞うために大林精舎へ参り、お釈迦様の御前に進み従前の罪障を懺悔し、如是姫の命をお救いくださるようにお願いした
  • お釈迦様に『阿弥陀如来様におすがりして南無阿弥陀仏と称えれば、如来様が現れ姫・国中の人民を病から救ってくださるだろう』という助言をいただく
  • 自邸に帰るとさっそく西方に向い香華灯明を供え、心からの念仏を続けた
  • 西から現れた阿弥陀如来様の放つ大光明によって悪疫がおさまり、娘も無事に治った
  • 大変このことに感謝した月蓋長者はお釈迦様の姿をお映ししてこの世界に留め置くことをまたお釈迦様にお願いした
  • お釈迦様より受け取った閻浮檀金※を玉の鉢に盛ってお供えし、阿弥陀如来様の来臨を乞うと閻浮檀金は三尊仏そのままの御姿に形を変えた(のちに日本国で善光寺如来として尊崇を集める仏様)

※ 閻浮檀金:閻浮提の北方にあるジャンブ樹の林間を流れるジャンブーナダー河に産する砂金

ー百済編ー

  • 百済国では聖明王が悪行を重ねていた
  • 如来様が百済国へ渡り、過去の因縁(月蓋長者の生まれ変わりだということ)を伝えると改心し善政をおこなうようになった
  • 如来様が次なる教化の地は日本国であることを伝え、聖明王は日本国へこの尊像を献じた

ー日本国編ー

  • 552年 尊像は日本国へお渡りになり、宮中ではこの尊像を信奉すべきかの評議がなされた
  • 大臣・蘇我稲目(信受する派)、大連・物部尾輿、中臣鎌子(異国の蕃神として退ける派)に考えが分かれていた
  • 天皇は蘇我稲目へ尊像を預けた
  • 稲目は尊像を向原の我が家にお移しし、この家を向原寺と改め、毎日奉仕した
  • この頃国内で流行りだした熱病について物部尾輿が天皇に『このような災いの起こるのは蘇我氏が外来の蕃神を信奉するために違いありません』と伝え、天皇の許しを得て向原寺に火を放つ
  • 如来様はこの火では姿を変えず、また炉に投じても、鍛冶職に打ちつぶさせても少しも損傷せず、最終的に難波の堀江に投げ捨てた
  • 蘇我稲目の子が父の志を継ぎ、物部尾輿の子を攻め滅ぼし、聖徳太子と共に仏教を推励した
  • 聖徳太子が、難波の海で尊像を宮中へお連れしようとするものの、一度水面に現れた尊像は『今しばらくはこの底にあって我を連れて行くべき者が来るのを待とう。その時こそ多くの衆生を救う機が熟す時なのだ。』と仰せられ、また水底に御姿を隠してしまう
  • 信濃の国の本田善光というもののもとへ尊像が訪れ、善光が月蓋長者・聖明王の生まれ変わりであること、日本国でも多くの衆生を救うためにここへ来たということを伝えられる
  • 善光は歓喜し礼拝し、如来様を背負って我が家へ帰宅した
  • 西野ひさしの臼の上にご安置し、御堂を建てて如来様を移したものの、如来様は『たとえ金銀宝石で飾り立てた御堂であろうとも、念仏の声のないところにしばしも住することはできない。念仏の声するところが我が住みかである』ともとの場所へ戻っていた
  • 善光は貧困で灯明の油も手に入れることが出来なかったが、如来様が放った光明によって油のない灯心に火を灯した(⇒これが御三燈の灯火の始まりと言われている)
  • 当時の天皇である皇極帝は如来様の御徳の高さに心を動かされ、善光を都に召されて伽藍造営の勅許を下された
  • 三国伝来の生身の阿弥陀如来様を御安置し、開山・善光の名をそのまま寺号として「善光寺」と称した
あざらし
あざらし

長くて長くて心が折れそうになりましたが、ようやく書き終えました。。

印度⇒百済⇒日本国と随分長い道のりをいらっしゃった御本尊なのですね。

閻浮檀金から尊像が出来るくだりには少しファンタジーを感じましたがそれ以外は、そんな流れで来たのだろうなと思う内容でした。

こういったお寺の起源というのは調べるとやはり面白いですね!

参考:善光寺 https://www.zenkoji.jp/

アクセス

最寄りの善光寺駅から徒歩15分弱程度で到着するようです!

駅からもとても近く、行きやすいですね。

お寺はどこもとても歴史があることが多いですが、善光寺はその中でも随分歴史があるのではと思います。

聖徳太子がお寺の起源に登場することにとても驚きました!

ここにも早く行ってみたいです。